私の足なら三歩分、相手の足なら一歩半。
そんな微妙な距離を保って並ぶでもなく歩む道。
霙混じりの雪を踏む度、しゃくしゃくと濡れた音がした。
「やっぱり君の家はあったかいんだねぇ」
いいなぁいいなぁと相手が笑う。
くすくすころころ零れる声に、ぞくりと背筋が粟立った。
僕のものになればいいのにと囁く声が聞こえた気がして。
「何か用ですか」
「用がなければ来ちゃいけないの?」
こてん、と無邪気な子供のように愛らしく首を傾げるけれど。
駄目かなぁなんて笑う声ですら、薄ら寒い何かを孕んでいて。
「……それで。今日はどうしたんです」
無下に追い返す訳にもいかず、溜息混じりに問いを投げた。
途端に彼は目を輝かせ、あのねあのねと言葉を紡ぐ。
「今日は君に渡したいものが」
「いりません」
「……まだ何も言ってないのに」
「仰らなくても想像がつきますいりません結構です謹んでお断りします」
相手との距離をじりじり稼ぎ、一息でつらつらと吐き出して。
早く家に帰らなくてはと踵を返したその矢先。
はっしと手首を掴まれ取られて、踏み出し掛けた足が止まる。
なんですか、と睨み付けても相手は気にする素振りもない。
ごそごそとコートの下を探って、ああ、あった、と綻ぶ笑顔。
はい、あげる。と手渡されたのは薄くて軽い封筒だった。
ご丁寧にも糊付けされており、中身が何かは分からない。
けれど何かが転がるような、軽い感触がそこにはあった。
「……なんですか、これ」
「ヒマワリの種。君の家は温かいから、大きく育つかなぁと思って」
今日は君の誕生日でしょう?
だから僕の好きな花をあげる。
無邪気な笑顔で言うものだから、毒気も何も抜かれてしまって。
呆けた意識を引き戻し、礼の言葉をやっとこ紡いだ。
「咲いたら僕に教えてね」
「……まだ植えるとは言ってませんよ」
「植えるよ。君は優しいもの」
この子を宜しく、なんて言って、にっこり笑ってみせるから。
眉間に皺寄せ、顔を背けて、庭に空きがあったらですよと悔し紛れに言い返す。
それから深い溜息を吐き、種が凍えてしまわぬようにと封筒を懐へ仕舞い込んだ。
「シベリア行きの片道切符なら破り捨てている所です」
思わず零した一言に、彼はきょとりと瞬いて。
入ってるよ? なんて、あっけらかんと言ってのける。
絶句した後、相手を睨み、お返しします! と叫び掛けて。
待って待ってと押し留める手に動きを制され歯噛みした。
「ちゃんと帰りの切符もあるよ」
珍しくそう付け加えて、彼は私の手を取った。
一回りも二回りも大きな手のひらに、すっぽりと収まる手指が悔しい。
取り戻そうかとも思ったけれど、まあいいか、と投げてしまった。
ちゃんと帰りの切符もあるよ。
それはもちろん、シベリアに、ね!
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