席を立ったのはほんの数分、茶を淹れるだけの僅かな時間。
だのに客人の姿は見えず、座布団だけが残されていた。
あの人はどこへ行ったのだろうと周囲を見回し耳を澄ませる。
と、開けっ放しの障子越しに、にゃあ、と猫の鳴く声がした。





茶器を乗せた盆を置き、障子の方へと歩み寄る。
そっと手を掛け窺う先に、陽溜まりと猫と探し人。
膝に三匹、腕に一匹、足元縁側に少なくとも五匹。
ご近所中の猫という猫が一同に集まってきたらしい。

ギリシャさん、と名を呼ぶと、幾対もの目が私を見た。
呼ばれた本人は一拍遅れて「あ、にほん」と柔に笑む。
その目が不意に足下へと落ち、釣られるようにそちらを見遣った。

濡れ縁にトンと膝を突き、どうしました? と問い掛ける。
人差し指を唇に、しぃ、と吐息で制された。
その指先が下を向き、抑えた声音が「見て」と囁く。

言われるままに身を乗り出して、縁の下を覗き込んだ。
そこからころりと転がり出たのは手のひらサイズの小さな子猫。
きょとんと両目を丸くして、不思議そうに首を傾げる。
おいでと指を揺らして呼べば、細い前足がじゃれ付いて。
歯を立てられても痛みはなく、くすぐったさに小さく笑った。





縁側に座し、膝上に子猫。座布団脇には湯呑みを置いて。
のんびりとした時間の流れを呼ばわる声がやんわり止める。
何ですか? と問うより早く膝から子猫が攫われて。
代わりに癖毛の頭が乗せられ、小さく笑って指を絡めた。





猫と呼ぶには少々大き過ぎますね。
そう言ったら目を丸くして、悪戯っぽく「にゃあ」と鳴いた。





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