くしゃくしゃに丸められた古新聞と、麦藁のような植物の茎。
その傍らには割箸の刺さったナスとキュウリとが鎮座して。

これは一体何事だろう。
黒魔術の儀式か何かだろうか。

黙々と作業する相手を見ながら、そんな風に思ってしまう。
とっぷりと暮れた夜闇の世界にぬるく湿気た風が吹く。
開けられたままの戸に手を掛けたら、待って下さいと声がした。

「閉めたら駄目ですよ、イギリスさん」
「そう、なのか?」
「ええ。閉めてしまっては入って来られませんからね」

誰がと問えば淡く微笑み、所謂ご先祖様が、と答える。
言いながら燐寸に火を灯し、それを麦藁の山へと移して。
静かに、けれど見る見る大きく、育った炎がゆらりと揺れた。

この国の伝統行事なのだ、と。柔らかな声がそう告げる。
炎を燃やした煙を辿って、先祖の霊が帰って来るのだと。
往きは馬を模したキュウリに乗って、早く戻って来るように。
帰りは牛を模したナスに乗って、ゆっくり帰ってゆくように。





ハロウィンみたいなものかもしれないと、そう言う声は穏やかで。
説明されたそれらのことは、すとんと理解出来たけど。
けれどもひとつ、だたひとつだけ、蟠るように残ったものが。

すっかり燃え尽きた灰を前に、ほう、と日本が息を吐く。
ちゃっちゃと片付けてしまいましょうね。
そう言いながらよっこいしょ、と緩やかにその場に立ち上がる。

「おまえは、」
「はい?」
「誰を、迎え入れようと言うんだ?」

俺たちのような存在に、先祖という概念は当て嵌まらない。
だのに何故、と投げ掛けた問いに、相手はただただ淡く笑む。

「習慣、みたいなものでしょうかねぇ」

燃え殻を始末し、仕上げとばかりにバケツの水をぱしゃんと撒いて。
それに、と小さく続いた声に、ふと顔を上げ、相手を見た。

「ちょっとでも顔を出してくれたら、嬉しいじゃありませんか」

誰が、と日本は言わなかった。
けれどもきっと誰かしらの顔が、脳裏に浮かんでいたことだろう。
しゃんと前を向いてはいても、どこか遠くを見詰めていたから。
ほっそりとした白い手指が、きゅうと緩く結ばれたから。





「でも、あなたは入れて差し上げません」

ぽんと投げられた言の葉を、咄嗟に上手く飲み込めない。
噛んだ砕いて飲み下し、ようやくその意を理解して。
に、と浮かべた意地の悪い笑み。けれども相手は涼しい顔で。
どうしましたかと素知らぬ風に、ことりと小首を傾げてみせる。

「馬にも牛にも当分は乗れそうにないな」
「そうでなくては困ります」

言いながらさあと促され、門扉を閉ざして玄関へ。
がらがらと引き戸の鳴く声を聞き、ふと目を廊下の奥へと向けて。
ああ誰かいる、と朧に感じ、けれどもそっと口を噤んだ。





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