だいぶ涼しくなりましたねと微笑む相手の神経を疑った。
確かに気温は下がったかも知れないが日中の暑さは夏のままだ。
言葉を返す気力もなく、生温い夜風に吐息を乗せる。

俺の目を見た日本は苦笑し、とは言えまだまだ暑いですね、と気遣うように小さく言った。
慌てて首を左右に振り、いや涼しいぞ寒いくらいだ! と上擦る声で返したけれど。
日本の白い手が伸びて、カチ、と扇風機のスイッチを入れた。

どうにも暑くて駄目ですね。
ああ寒いようでしたら遠慮なく仰って下さい。
そう言って微風を送ってくれる。
悪い、と零せば首を振り、俺の隣に腰を下ろした。

途端に跳ね上がる心臓と、顔に集まる火照りと熱と。
どぎまぎしながら隣を見遣ると日本は庭に目を向けていた。





陽が沈む頃から鳴き始めていた虫の音とやらがやたらと煩い。
日本はそれを風流だと言うけれど、あまり良い印象は抱けなかった。
文化の違いなのだろう。その壁の厚さに目眩がする。

「夏が終わってしまいますね」

ぽつりと紡がれた微かな言葉は独り言かもしれなかった。
疑問に語尾が上がるでもなく、こちらへ顔を向けることもない。
けれど隣に座する相手が、寂しそうに見えたから、

「秋、嫌いなのか?」

そう、問うた。
ゆっくりと一度瞬いて、日本が俺の顔を見る。
やや上目に向けられる視線を受けて、心臓がどきりとまた跳ねた。

「嫌いでは、ないのです」

困ったように眉尻を下げ、ただ、と続けて口籠もる。
言葉を選んでいるのだろうか、迷うみたいに目が揺れていた。
長くはないその沈黙の後、ただ、と再び小さく紡ぐ。





「秋や冬は、静かですから」

夏に比べて、少し寂しい気もしますね。
そう言ってまた外を見る。
耳鳴りがするほどの虫の音を聞くに、静かとは程遠い気がしたけれど。

「……寂しくなったら、俺を呼べよ」
「え?」
「っ、その……ひ、暇な時は、来てやってもいいって意味で、だ……!」

別におまえのためじゃないぞ俺は秋が好きなだけだ!
顔が赤いことを自覚しつつも早口にまくし立てたらば。
きょとんとしていた日本の顔に、ふわりと笑みの花が咲く。
仄かに頬を赤く染め、お願いしますと鈴の声。

畳の上の日本の手指に、そっと自分の手のひらを重ねた。
軽く握ると小さく笑って、ことん、と肩に僅かな重み。
心臓はもう飛び出しそうで、体温は新記録を更新してる。
暑い寒いと言う余裕もなく、茹で蛸の顔を持て余した。





虫の音よりも何よりも、煩いのは俺の心臓だ!





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