苛立ちを表す気力もない。
じめじめと蒸し暑い気候にあてられ、ぐったりとタタミに横たわる。
日陰へ日陰へと逃げ回るうち、辿り着いたのは半ばショウジの閉じられた一室。
薄暗くはあるが風はそよそよと通るらしく、堪らず逃げ込み息を吐く。
ぱったりとその場に崩折れて、独特の香りを放つ緑色の床に頬を押し付けた。
無論、ちっとも涼しくない。





「大丈夫ですか?」
「っ、にほ、」
「ああ、無理をなさらずに。暑さにあてられたのでしょう?」

慌てふためき跳ね起きようとしたところを、白い手のひらに制される。
軽く肩を押されただけで中途半端に浮いた体は易々とタタミに転がった。
思った以上に体力を削られていたらしく、情けないことこの上ない。

「冷たい麦茶を淹れましょうか?」
「ああ、いや、今は」
「……そうですか……?」

ふんわりと柔な笑みを浮かべ、暑いですね、と日本は言う。
暑さなど微塵も感じていないという顔をして、けれど仄かに頬が赤い。
幾分か薄く織られているのというキモノを纏い、案じる色の濃い目で俺を見た。





「ご気分は如何です?」
「……暑い」
「そうですね。今日は随分と蒸しますし」

困ったように眉根を寄せて、白い手のひらで額に触れる。
同じだけの暑さをその身に感じているはずなのに、その体温は低かった。
ひやりとした冷たさに目を細め、離れないように手を伸ばす。
捕まえて、押し付けて、深く深く息を吐いた。

「冷たいな」
「水仕事をしていましたから」
「……少し、楽になった」
「それは何より」

ころころと笑うその声音すら、どこからか涼を呼ぶようで。
熱で緩んだ微笑を返し、辛うじて掴んでいた意識を手放した。





回っているのは世界ではない。
熱に眩んだ意識が、ぐるり。





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