ふ、と意識の浮き上がる感覚に重い瞼を薄く開いた。
見慣れた天井がどこか霞んで普段よりも遠く見える。
額に押し当てた手の甲が熱い。呼吸をする度気管が軋む。

風邪で寝込んでしまうなんてと情けなさでいっぱいだった。
仕事も家事も手を着けられず、布団から出ることも儘ならない。
せめてぽち君のごはんをと起き上がろうとした時だった。

トン、と胸を軽く押されて浮かせた頭が枕に沈む。
え? と疑問符が飛び交う思考に耳慣れた声がこう言った。

「起きちゃ駄目でしょ。ほら、寝た寝た」

彷徨う視線が行き着いた先、青い青い目が微笑んだ。
なんでと声なく紡いだ言葉に愛の力だと彼の人は言う。

メールや電話で連絡が取れず、様子を見に来てくれたのだろう。
彼の人の手に握られた携帯電話を見て思う。
心配を掛けてしまったのだと、そう思ったら申し訳なくて。

「すみません」
「なんで謝んの」
「ご迷惑を、お掛けして」

言ったらくしゃりと髪を撫ぜられ、迷惑じゃないと彼は言う。
心配したくて来たんだから迷惑なんかじゃないんだ、と。
迷惑ついでにご用があれば何なりとお申し付け下さい、とも。

芝居掛かった仕草と口調に思わず小さな笑みが零れた。
お言葉に甘えて、と頼んだことは、ぽち君のごはんとお散歩で。
それだけ? と物足りなさそうに尋ねられ、それだけですと返したけれど。
首を捻って暫し考え、彼の人は楽しげな笑みを浮かべた。

「それじゃあこの先はサービスね」

そう言って額にキスをひとつ、次いで熱っぽい手を握られた。
ひとまわりも大きな手のひらは普段より冷たく感じられて。
伝染ったって知りませんから、と照れ隠しのように呟いた。





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