ふにゃふにゃとぐずる声を聞き、小走りで様子を見に戻る。
どうしましたかと声を掛けると緑の眸が私を捉えた。
短い腕を懸命に伸ばして抱っこ抱っことせがんでくる。
ひょいと抱き上げ背中を撫ぜて、あどけない顔を覗き込んだ。
涙の浮いた緑色の目と柔らかそうな金色の髪。
四方に跳ねるそれを撫でつつ緩やかなリズムで体を揺らした。
「……いつになったら戻るんでしょうね」
ぽつりと零した独り言。赤子はきょとりと瞬くばかり。
分かりませんよね、と浮かべた笑みに、小さな頭がことりと傾いだ。
彼の人が赤子に変わった日、慌ててフランスに電話を掛けた。
事情をどうにか説明し終え、縋る思いで助言を乞うたのに。
大丈夫だって、放っときゃ治るよ。と軽い口調で返されてしまった。
仕事が片付き次第こちらに向かうから、と彼は言ってくれたけど。
子育てなんて初めてですよと途方に暮れたのは数刻前。
早くも現状に馴染んでしまった自分の適応力に苦笑する。
ぺた、と頬に触れた熱さは小さな小さな手のひらで。
こっちの姿も可愛らしいなと心の中で密かに思った。
「お散歩ついでにお菓子を買いに行きましょうか」
たまごボウロなら食べられますかねぇと腕の赤子に問い掛ける。
意味など解りはしないだろうに、ふにゃりと赤子は笑ってみせた。
戻れなくてもいいかな、なんて。そんな思いには蓋をした。
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