ひらひらと桜の舞い散る中で彼の人はじっと佇んでいた。
視線は遥か頭上へ向けられ、髪に額に花弁が積もる。
瞬きを忘れた緑の眸と、ぽかりと開いた唇と。

イギリスさん、と名を呼べば、はっと我に返ったようで。
ぱしぱしと瞬きを繰り返し、バツが悪そうに頭を掻いた。

「見てたのか、」
「ええ、ずっと」

頷き返すと「それなら呼べよ!」と、拗ねたように口を尖らせる。
そんな様が可愛らしくて、ついつい笑みが零れてしまった。





「……なんだよ」

むっとしながら睨まれたとて迫力なんて欠片もない。
いいえ? と首を横に振り、ふと目に付いたひとひらの。

「ああ、花弁が付いてますよ。……ほら」

袂を押さえて伸ばした腕と、金糸を掠めた指の先。
髪に零れた花の欠片を彼の人の前に示してみせる。
けれども風に吹き散らされて無数の花に紛れてしまった。
何の気なしに目で追い掛けて、視線を戻せば伸ばされる腕。

前髪を掠める彼の人の指にも桜の花弁が一枚あった。
おまえも、と小さく言葉を零し、花弁をひらりと春風に。
かちりと目と目がかち合って、どちらからとなく微笑んだ。





折角ですからお酒でも、と。そう呟いたら目を丸くして。
いいのか? なんて問うものだから、こくりと一度頷いた。
けれども仰いだ緑の眸に、僅かに小首を傾げてみせる。

「ほどほどにして下さいね?」

言って彼の人の腕を取り、そうっと引いて縁側へ。
物言いたげな顔をしながら、けれども相手は抗わない。
わかったよ、と零れた言葉は桜の舞に紛れて消えた。





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