コトリと置かれたカップの水面は淡く柔らかな色をしていた。
ふっくり漂うコーヒーの香りが鼻先を擽り鼻腔に満ちる。
頂きますと呟くと、召し上がれ、と笑みの声。
ミルクたっぷりの優しい味に、ほう、と小さく息を吐いた。
「ねえ日本」
「はい、なんでしょう」
手の中のカップを一度置き、こくりと首を傾げてみせる。
すると相手は頬杖をつき、僅かに距離を詰めてきた。
スイと細められた碧い目と、くっと笑みを刻んだ口元。
探るような視線を受けて、自然と浮かんだ薄い笑み。
「おまえさ、イギリスに何言ったの?」
「何、とは?」
「イギリスがさぁ、なんか最近部屋の隅っこで膝抱えて泣いてんだよね」
「はあ、」
わざと返した生返事。訝しむように寄せた眉。
相手は一層笑みを深くし、心当たり、ない? と問いを投げる。
どうやら小芝居は通じぬらしいと早々に仮面を脱ぎ捨てた。
「ない、と言えば、嘘になりますね」
「やっぱり。で? 何言ったの?」
興味津々といった顔で、彼はじりじりとにじり寄る。
普段は大人ぶっている癖に今は妙に子供っぽい。
カップを手に取り一口含み、飲み下した後、ちらと見遣る。
「お知りになりたいのですか」
「そりゃあね。何せ家が隣なもんだからさ、毎日泣かれちゃ鬱陶しくって」
「おやおや、随分な仰りようで」
困った人ですねぇ、なんて。
そう言いながら一度目を伏せ、再びゆるりと見開いた。
遠くない過去を思い出すため、視線を僅かに上向かせる。
「先日、イギリスさんが私の総てを理解したい、と。そう仰られたものですから」
「は?」
「ですからね、ちょっと意地悪をしたんです」
と、悪戯っぽく笑ってみせれば、相手はきょとりと瞬いて。
意地悪って何、と。心底不思議そうに問い掛けた。
「あの方に二次元を理解出来るとは思えなかったものですから」
ここで一旦言葉を切り、カップの中身をまた一口。
舌から喉へと流れるカフェオレの味に、ほんの少しだけ目を細めた。
「米英の、薄い本をね。お貸ししただけですよ」
まさかここまで効果があるとは思いませんでしたねぇ。
そう続ければ「うわぁ」と一言、乾いた笑みと共に零して。
降参だとでも言いたげに、両手をヒョイと上げてみせた。
← text menu