イギリスさん、と呼ぶ声に、知らず知らず背筋が伸びた。
真っ直ぐな視線にたじろいで、思わず目を逸らしそうになる。
けれど真黒な彼の眸に浮かんだ真摯な色に踏み止まった。

「私たち、やっぱり解り合うなんて出来ないんです」

寂しそうな、悲しそうな、今にも泣き出しそうな笑み。
ふいと逸らされた一対の目が、背けられた顔が、かなしい。

「そんなこと、ない……!」
「いいえ、いいえ! 出来るはずがありません!」

何度も何度も首を振り、距離を取ろうと後ずさる。
その肩を掴み押し留めて、そんなことはないと繰り返した。
日本のことをもっと知りたい。理解したいと、懸命に。





「俺は、そのための努力も惜しまないつもりだ」
「それでも不可能なことはあるんです!」
「やってみないと解らないだろう!?」

俺に出来ることならば、なんでもするから。
だからどうか、そんな悲しいことを言わないでくれ。

勢いだけで投げた言葉に日本の動きがぴたりと止まる。
分かってくれたのだろうかと、そっと顔を覗き込んで。
表情という表情を削ぎ落としたような顔に、ひゅっと小さく息を飲む。

「本当に、何でもなさると仰るのですか」
「え、あ……ああ! 勿論だ!」

ここで退いてなるものか!
そう意気込んで吐いた一言は、日本の顔に笑みを咲かせた。
本当ですかと弾んだ声に、ほっと胸を撫で下ろす。





「嬉しいですイギリスさん! では、そうですね、そうですねぇ」

そう言いながらどこからともなくB5大の冊子を取り出して。
ああでもないこうでもないと呟く声の、内容までは分からない。
分からないが、なんだか物凄く嫌な予感が、した。

満面笑顔で振り向く日本。その手の中には数冊の冊子。
すい、と差し出されたその表紙には、何故か俺とアメリカの姿。
背筋を流れる脂汗。浮かべた笑顔も引き攣り気味だ。
そんな俺とは対照的に、日本の笑顔は威圧感すら覚えるもので。

「手始めに米英の読みやすいものをご用意しました。さあ、どうぞ?」

有無を言わせぬその笑顔、押し付けられた薄い冊子。
中身を確かめる勇気などなく、視界と思考は遥か彼方へ。
何事か言う日本の声が右から左へ抜けて行く中、強く強く俺は思った。





ひとつくらい解り合えないことがあってもいいんじゃないかな、と。





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