携帯電話の振動音に、書きもの途中の手を止めた。
はいはい、どちら様でしょう。
そう言いながら取り上げて、表示された名前に目を瞠る。
通話ボタンをぽちと押し、スピーカーを耳元へ。
もしもしと紡いだ決まり文句に返されたのは耳慣れた声。

「やあ日本! 元気かい?」
「ええ。アメリカさんもお元気そうで」

機械越しの彼の人の声は、どこか楽しげに弾んでいた。
顔こそ見えはしないけれど、あの青い目が浮かぶよう。

君の家は暖かいんだね。
もうじきサクラが咲くんだろう?
矢継ぎ早の問いや言葉に、ええ、そうですねと返すばかり。





「ねえ日本」
「なんでしょう?」
「雨、あがったみたいだよ」

え。と零れた頓狂な声。
窓へと向けた目の先には、確かに雨の失せた空。
まさかまさかと巡る思考を追い打つような彼の声。

「サクラが咲くには寒すぎるかな。だってほら、息が白いんだぞ」

それを鼓膜が拾うより先に、携帯電話を放り出す。
立ち上がり、ばたばたと駆け、行き着く先は玄関で。
ガラリと開けた引き戸の向こう、傘を片手に佇む姿。
こちらの姿を目に留めて、やあ、と彼は笑って見せた。





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