何が起きたのか分からなかった。
背中に感じた衝撃に、ほんの一瞬呼吸が止まる。
痛いじゃないか! と言い掛けて、けれども声は出てこなかった。
腹の上に馬乗りになって俯く相手の顔が見えない。
カナダ、と小さく名を呼べば、びくりと肩を跳ねさせた。
「泣いて、いるのかい?」
問い掛けに首を横に振るけど、頬には涙の道がある。
眼鏡の薄いガラス越し、目から溢れた水は流れて顎の先から滴り落ちた。
シャツに染み込む冷たい感触。
襟元を掴む彼の手は、力の入れ過ぎで震えていた。
「泣かないでくれよ」
「……泣いてなんか、ないよ」
しゃくりあげる息遣い。不明瞭な掠れ声。
ぽつぽつ零れる水は止まず、胸元は冷える一方だ。
言いたいことがあるんだろうに、カナダはただただ泣くばかり。
小さい頃からそうだったなぁと遠い記憶を手繰り寄せる。
泣きじゃくるカナダを宥めていたのは確かフランスだったっけ。
思い浮かべたその光景に内心でひとつ舌を打つ。
フランスの腕に抱き上げられて、幼いカナダが笑っていた。
俺が何を言っても泣き止まない癖に。
そう思いながら見上げた顔は吐き気がするほど良く似ていた。
自分が泣いているみたいだから、彼の泣き顔は好きじゃない。
思いはしても口には出せず、泣かないでくれよ、と繰り返した。
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