ああ、どうしましょう。なんてことでしょう。

お皿の上で湯気をあげている焼き菓子を前に途方に暮れた。
教わった通りに作ったはずなのに、記憶のものとは全然違う。
今日は彼が来るというのに。ああ、どうしましょう、どうしましょう。

割烹着のまま悩んでいる間に呼び鈴が鳴って我に返る。
はぁいと大きな声を投げ、慌ててばたばたと身支度をした。
この際、なかったことにしよう。
あんな出来では申し訳なくてお出しすることなんて出来やしない。





情けなさをいっぱいに抱えて、ぱたぱたと玄関まで向かう。
ガラガラと引き戸を開けた先に、佇んでいるのはイギリスさんで。
その手に抱えられた薔薇に目を留め、はて、と小首を傾げたら。

「ほ、本当は、うちの庭のを持ってきてやろうと思ったんだけどな、」

仄かに頬を赤く染め、ちら、と視線を泳がせる。
そうして言葉を一度きり、口をへの字にきゅうっと曲げた。

「ここに来るまでに萎れちまうから、その、そこの花屋で、買ってきた」

そこまで言って腕を突き出し、ほら、と花を押し付ける。
ふわりと漂う薔薇の香りに自然と頬は笑みに緩んで。
ありがとうございますと言葉を返すと再び頬に朱を走らせた。





と、不意にスンと鼻を鳴らして、不思議そうに首を傾げる。
何か作っているのかと問われ、はっと小さく息を呑んだ。
家中に漂う香ばしい匂いに自分の鼻は慣れてしまっていたらしい。
隠し通せるはずもなく、しゅんと項垂れ頷いた。

「……スコーンを、」
「スコーン?」
「以前、作り方を教えて下さったでしょう? それで、作ってみたんですけど、」

うまく、いかなかったんです。
もごもごと零した声は小さく、最後の方など蚊の鳴くようで。
けれども彼には届いたようで、そうか、と頷く声がした。

「味見、してやるよ」
「え、」
「食い終わったら、作り方、見てやっから」

おっ、おまえのためじゃないぞ!
俺の教え方が下手だと思われたらたまんねぇから!

わたわたと続ける様がおかしくて、けれどなんだか嬉しくて。
お願いしますと微笑み紡ぎ、さあ中へ、と促した。





おずおず差し出したスコーンを手に取り、躊躇うことなくぱくりと一口。
租借する口元の動きが止まり、緑の両目が丸くなる。

「……お口に、合いませんでしたか……?」
「っい、いや! その、まっ、まあまあだ、まあまあ!」

食えなくはないぞ! と続けられて、ほっと胸を撫で下ろした。
すん、と鼻を鳴らす音がし、どうしましたかと尋ねたけれど。
なんでもないと首を振るばかりで理由を教えてはもらえなかった。





おっ、俺が作った奴よりも美味いのがショックだったなんて、断じて認めないんだからなっ!





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