ぺたぺたと湿った足音が近付き、音もなく襖が開かれる。
ついと転じた視線の先に浴衣姿の彼がいた。
しっとりと濡れた金色の頭からは、僅かな湯気が立ち昇っている。
湯上りの頬は朱を帯びて、普段よりずっと艶っぽかった。
「おかえりなさい」
「ああ。いい湯だった」
「それは良かった」
ふふ、と小さく笑みながら、ぬくい炬燵から抜け出して。
私も入ってきますかねぇ、と年寄りじみた言葉を零す。
イギリスさん、と彼を呼び、だらしなく緩んだ衿を直した。
あっと小さく声を上げ、照れくさそうに眉を下げる。
そんな相手に微笑みかけて、炬燵へどうぞと促した。
「湯冷めしてはいけませんから、ちゃんと温かくして下さいね」
「わかってる」
では、と短く言い残し、入れ替わるように風呂場へ向かう。
やはり廊下は寒かったのだろう、もそもそと炬燵に入る姿にこっそりと小さな笑みを零した。
廊下を歩む道すがら、先程目にした彼の姿が瞼の裏に蘇る。
一人で浴衣を着られるだろうかと少し心配していたのだけれど、どうやら杞憂であったらしい。
衿の乱れはあったものの、以前のように左前に着ることはなくなった。
自国の文化により親しんでもらえているのだと、そう考えるとなんだか嬉しい。
もっとも、帯は未だに蝶々結びで、上下が逆さまだったりするのだけれど。
「おや、」
お風呂から出て部屋へと戻り、私は両目を丸くした。
あまり待たせてはいけないからと急いだつもりだったのに。
炬燵に入ったイギリスさんの丸めた背中が上下する。
すう、と聞こえる小さな呼吸は緩やかに緩やかに繰り返されて。
「……風邪をひいてしまいますよ、」
イギリスさん、と呼ぼうとし、僅かに躊躇い口を噤んだ。
ころりとこちらに向けられた顔が、あまりにもあどけなく幼く見えて。
どきりと跳ねた心臓の音を彼に悟られたくなかったから。
「仕方のない人」
起こしてしまうのは忍びないからと理由をそっと挿げ替える。
赤く染まった頬の理由は湯上りだからということにして。
押入れの中から引っ張り出した上掛けをそっと彼の肩へ。
むう、と零れた小さな声にすら、私の心臓は驚き跳ねる。
起きませんように、起きませんように。
そう念じながら手を離し、足音を忍ばせ向かいに座った。
炬燵の中へと潜り込ませた足先に触れる彼の足。
その温かさに驚いて、けれど嬉しくて小さく笑った。
すぐに布団を敷きますから、それまでは寝ていて下さいね。
普段は見られないあなたの寝顔を、もう少しだけ、見せて下さい。
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