ティーセットを乗せたトレーを片手に、扉を開けて目を見開いた。
悪い待たせたと紡ぎ掛けた口を無理矢理結んで瞬きひとつ。
後ろ手でそっと扉を閉めて、そろりそろりと忍び足。
テーブルの上へトレーを置き、向かいのソファをまじまじと見た。

背にした窓から差し込む木漏れ陽が髪に肩にと降り注ぐ。
僅かに傾いだ細い首と、伏せられ開かぬ薄い瞼と。
淡く開かれた唇からは微かな寝息が零れ落ちて。

慣れぬ洋装では寝難いだろうに、ネクタイはきっちり締めたまま。
読み掛けの本が膝に開かれ、栞代わりの手が置かれている。





「……疲れてんのかな」

そっと寝顔を覗き込むと零れた寝息を頬で感じた。
普段ならばありえない距離、けれど相手は目を覚まさない。

互いに何かと忙しく、会いたいと思えど会えずにいた。
やっとのことで休みをもぎ取り、彼を呼ぶに至ったのだけれど。
同じように仕事尽くめで疲れ果てていたのだろうに。
自分が出向くべきだったな、と今更の後悔に苛まれる。

膝の本をそっと取り上げ、栞を挟んでぱたりと閉じた。
小柄な身体が冷えないように、ブランケットでふわりとくるむ。





意味を持たない微かな声、ほんの僅かに身じろいで。
はっと息を呑み丸くした目に、震える睫がしっかり映った。
ゆるゆると開く薄い瞼、現れたのは艶めく黒。

ぱちりと一度瞬いた後に、ふわりと咲いた柔な笑み。
あまり目にすることのない、外交用ではない笑顔。

まだまだ睡魔が強いのだろう、再び瞼は下ろされた。
すう、と密やかな寝息を耳に跳ね回る心臓を持て余す。
気を落ち着けようと煽った紅茶は思った以上に熱かった。





← text menu