ぴったり閉ざした襖の向こう、ねえ、と呼ばわる声を聞く。
敷きかけの布団もそのままに、呆れ半分どうぞと呼んだ。
すすと音なく開かれた襖に、ほんの少しだけ目が丸くなる。
外さんばかりに勢いよく、スパーンと開くだろうと思っていたから。

「ねえ日本、今夜一緒に寝てくれないかい?」

良い歳をして枕を抱え、身を小さくして彼は問う。
真っ青な両目に涙を滲ませ、眉毛はへたりと八の字に。
お願いだよ、とせがむ口調はまるで小さな子供のよう。
子供と言うにはあまりにも大きく、歳を取りすぎているけれど。

「だから止した方が良いと言いましたのに」
「お、オシイレがあんなにこわ、……っ狭いなんて、思わなかったんだよ!」

怖いなんて、と言いかけた口から小さな嘘がポンと飛び出す。
頭をぶつけてしまったぞ、と訴える頬が少しだけ赤い。

ネコ型ロボットに触発されて、今夜はオシイレで寝るんだぞ! と彼が言ったのは昼頃だった。
説得して応じる相手ではないからと、ホラー映画を見せてみたのが確か夕飯の少し前。
どうやら私の予想以上に効果を発揮してくれたらしい。
押入れの中で眠るどころか近付こうともしないのだから。





はあ、と大袈裟に溜息ひとつ。それが出来たらどれだけ良いだろう。
代わりに鼻からふうと一息、次いで手にした枕を放る。
ぽすんと落ちたその音に彼はびくりと肩を揺らし、にほん? とこちらを仰ぎ見た。

「仕方がありませんね。今夜だけですよ」

言うと相手は二三度瞬き、ぱっと表情を輝かせて。
しょげた様子はどこへやら、広げた両腕に抱き締められた。
異なる文化圏の過剰なスキンシップに、わたわたと戸惑うばかり。

「ちょっ、アメリカさん! 布団敷きますから離して下さいっ」
「どうしてだい? フトンなら敷いてあるじゃないか」

これで充分なんだぞ! と。
妙に自身ありげな顔で、きっぱりと言い切るものだから。
返す言葉が見付からなくて、諦めと共に口を閉じた。

決して大きくはない布団の上、二人並んで横になる。
少々狭く感じるのは相手と自分の体格差からか。
それとも未だに解かれぬままの、腕の中にいるからだろうか。
両方だ、と結論付けて、跳ね回る心臓を持て余す。





ねえ日本、と呼ぶ声に、そろそろと目線を上向けた。
こちらを映した青い目が、にっこりと笑みに細くなる。
きゅう、と腕に力が込められ、自然と隙間は埋まってしまう。

頬の赤みや早足の心臓、その他諸々を悟られまいと必死で顔を背けたけれど。
くすくすと笑い、髪に鼻を埋めて、ねえ日本、と彼は呼ぶ。
真っ赤になった耳元に、ひそりと落とされた囁き声。
情けないくらい跳ねた体をどう誤魔化したらいいだろう。





満足そうに笑った顔と甘い声音と、子供のふりした青い目と。
気付いた時には遅過ぎて、今宵は彼の腕の中。
まったく、なんて人だろう!





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