嬉しいなぁ、と彼は言った。
薄い硝子を隔てた青が、にっこりと笑みの形に歪む。
骨張った大きな手のひらで、昏々と眠る青年の頬に触れた。
優しげな仕草で柔らかく、やんわりと白い肌を撫ぜる。
青褪めた頬の青年は動かない。
軍服とは異なる白を纏い、所々に黒ずむ赤を散らして。
微かに上下する胸元がなければ、死んでいるものと見紛うほど。
「君にあげたあの花の木、ずっと大切にしてくれたんだね」
友好の証に贈った苗木は、しっかりこの地に根を下ろした。
伸びる枝、広がる紅葉、艶やかな実を朱に染めて。
ゆるりと視線を転じれば、素朴な庭の片隅に立つ彼の木の姿が目に留まった。
「君の民は毛嫌いしていたようだけれど」
でも、君に好いて貰えたなら。
傍に置いて、大事にしてくれたなら。
ああ本当に嬉しいなぁ!
「君がくれた花の木もね、俺の家で元気にしてる」
見せたいな。見に来て欲しい。
ねえ、見においでよ。歓迎するから。
「ねえ、日本。早く目を開けてくれないかい?」
頬を撫ぜる手を止めて、眠る貌を覗き込む。
青黒く痣の浮かんだ目元、切れた口端の鮮やかな赤。
血の気の失せた白い肌に、それらの色はよく映えた。
白いカンバスに絵の具を塗りたくるように、もっともっと染めたいけれど。
「寝てばかりいないでさ、そろそろ起きなよ」
こんなにも近くに君がいるのに、話すどころか目も合わない。
ああ、なんて詰まらない。
花水木
← text menu